爽やかな10日間の東京滞在を多いに楽しんで、先週の水曜にボストン帰着、時差ボケがなおった途端に、はやりの風邪をひきダウン、いまだに昼夜がサカサマ、情けなき次第です。
今現在、当地時間は11月23日(水曜日)の早朝6時を少し回ったところです。
先ほどから、パッチリと起きていますが、風邪のほうは、どうやら快方のようで安心しました。
明日は11月の最後の木曜日、すなわちニューイングランド、しかも我がマサチューセッツ州に源を発する感謝祭です。当国の数ある祝祭日のうちでも、政 治、宗教、戦争などが絡まず、全国民がこぞって、わだかまりなく祝える、数少ない旗日のひとつということで、特異な祝日ということになっているようで す。
例年のごとく、家内ジューディの弟ポールの家(当町在住)に一族郎党が20人近く集まって、恒例の大々的ディナーです。今年は、長女ケイ、その亭主デイ ヴィッド、娘マーティナの一家がブリュッセル住まいなので、残念ながら欠席。
伝統の七面鳥を好むメンバーが誰もいないので、全員が、それぞれ得意の料理を持ち寄る方式で、私は巻き寿司を、ジューディはアップルパイを担当することになっています。
家内ジューディの妹マーサの息子エリックの奥さんがドイツのフランクフルト出身の素敵な女性ナターシャで、彼女と、ロレンツォ(フィレンツェ出身、私の 義理の息子)と東京出身私の3人で、我ら一族の中に、はからずも日独伊の枢軸成立、となる格好です。
この3人がいずれも、旧敵国アメリカの人間と結婚して、アメリカ合衆国に住みついて仲良くやっているところをとらえて、感謝祭のテーブルスピーチでは、毎回、最長老の私が、それほど遠くない過去の不幸な歴史に言及し、「喧嘩はアカン、平和に感謝」という趣旨で一席やることになっています。「見てごらん、テーブルには寿司とパスタとクーヘンが、アップルパイと仲良く並んでいるではないか。この調子で行こう」というわけです。
6時半、そろそろ外が明るくなってきます。
長らくご無沙汰しました。
もう9月、朝夕は涼しくなり、レッドソックスは快進撃中です。
マツイたちのヤンキースを3ゲーム半引き離して、アメリカンリーグ東デヴィジョンの首位に立っています。
これから先、腰砕けにならぬよう、切に望んでいます
さて、今回の帰省は、7月いっぱいを東京と神戸で過ごし、日本の夏を満喫しました。
しばらくぶりの故国で、瞬く間という感じで時間が過ぎてしまい、いま、ニューイングランドの初秋の中にあって、日本での4週間が、夢のように、記憶の彼方にあるような感じがしています。滞在中、いろいろ気がついたこともありましたが、中でも、交通手段としての自動車の在り方の日米相違(チト大袈裟)が印象的だったので、いろいろと考えてみました。
わが町、マサチューセッツ州マーブルヘッドはアメリカ合衆国よりも150年以上も古い町で(ということは、三代将軍徳川家光の時代)、370年以上昔に設立された町であっても、当時の町並み、家並みがかなり残っています。
うかつにも最近になって気がついたのですが、この古風な町の中の道が少なくとも片側一車線、各家屋にドライブウエイとガレージが付属しているなどという レイアウトが、じつは200年から300年前に既に出来上がっていたのだ、ということです。何のことはない、自動車というのは馬車の馬をガソリン・エンジンに置き換えただけのことで、車文化は江戸時代の遥か以前から西欧社会には確立されていたということですね。英語(だけではないでしょうが)の自動車用語には馬車用語が多いのもうなづけます。これは、よく考えて見れば、歴史の常識でしょうが、今まで、当然のように、やはりアメリカだけあって、自動車交通を前提に町が出来ているな、と思っていました。
日本は、今でこそ世界に冠たる自動車王国一つですが、不運なことに、徒歩(または駕篭)の交通文化を前提としたレイアウトの上に、戦後になって突如として自動車文化が覆いかぶさったような具合です。
このように、馬車交通の時代が欠如していることから、インフラ面で、いろいろと自動車の使い勝手に問題が出ているのではないかと思います。しかし、道幅が狭いと言っても、徒歩交通には適切な幅であり、車庫の確保が大問題といっても、元来車庫など不要であったわけです。
当地に移住以来26年、運転歴も同じく四半世紀余りにおよび、今でもほとんど毎日のように、スバル・アウトバックで動き回っていて、運転には(アメリカ 人並みの)自信はありますが、東京に帰ってみると、ハンドルも走行も反対側で、運転走行も車庫入れも、精密技術が必須なので、恐ろしくて萎縮してしまいます。日本から訪ねてくる旧友連中は、当地で運転すると、右折や左折のときに、安全確認の動作として、まず反対側を見ますね。それに、彼らはドライブウエイから車道に後進で出ると、ほぼ間違いなく道の左側に出てしまって、対抗車と鉢合わせ状態になります。
それでも、数日のうちに、当地の状況に馴染んで、スイスイやっているようです。聞いてみると、「こっちは、運転がしやすいなー」ということで、これは全く頷けます。反対に、こっちの人間が日本に行ったら、とてもレンタカーなど借りて数日のうちにスイスイとは行かないでしょう。第一に読めない道路標識だらけで、立ち往生しかねませんしね。
以上
今回は盤友各位あて「近況綴り方」です。お読み流しください。
2005年2月15日夜
早くも2月中旬ですね。こちらボストン地方も、昨日あたりから、寒さがほんの少しですが後退しつつあり、気分は快調です。おもては、積もった雪がグチャグチャに解けはじめて、そこら中、水たまりだらけ。まるで消防艇のごとく、車が盛大なシブキを飛ばしあげながら走っています。
これからは、冬の厳しさが、徐々にながらゆるむ方向という予報ですが、一足先に、今週末から10日ほど、温暖な筈の南部、バージニア州まで、家内ジューディとドライブ旅行に出かけてきます。彼女が新車のスバルを明日(水曜)、手に入れるので、その慣らし運転も兼ね、同州のウイリアムズバーグの町で開かれるキルティングの全米大会が彼女のお目当てなわけです。私は、手芸の類いはまったくダメなので、もっぱらレコード、蓄音器関連の品物、文献などの探索に注力です。
以前にも、フロリダまで3回ほど、車で往復したことがありますが、今回は、今までのように南の諸州を走り抜けるのではなく、一ケ所に数日とどまって、南部の空気を吸ってこようと言うわけです。その昔、我々北部と一戦を交えた南軍の土地柄だけに、言葉の訛りに始まって、いろいろな点で「文化」が異なるらしいので楽しみです。
先ず、朝ご飯のメニューが風変わり(もちろん彼等にとっては正常)らしいですね。エッグも、ステーキのように焼き具合を指定するとか、黙っているとトーストではなく、グリッツと称する、トウモロコシ粉のオートミール状のものを温めてバターを落とした、南部独特の食べ物がついてきます。これがなかなかイケル味で、やはり、南部で食べると格別に旨い、と言うわけです。
何しろ、ワシントンDCを過ぎて南部に入ると、土地の人間の言葉の訛りがだんだんに濃厚になってきて、ほどなくネジが弛んだような調子になるので、何を言っているのやら、にわかには理解困難となります。ボストン育ちの家内ジューディでも、ときどき分からないことがあるらしいですが、そこは同国人同士、私とは比べ物にならないほど理解力があるので、もっぱら「南」英語から「北」英語への通訳をやってもらいます。連中は、私の言うことは100パーセント分かるらしいので、なんとなく口惜しいですね。一方通行対話では、どうも具合がよくないのです。
行った先の町で、先ず、すぐに見つかる古本屋から始めて、そこの店員などから、イモのつるを手繰るようにして中古レコード屋を見つけだすのが、案外にうまくいくようです。それから、例のノミの市をうろつき回るのも、やってみます。週日にも開いている屋内形式の常設ノミの市があるといい具合ですが、ご存知のごとく、この道は、出たとこ勝負です。と言うことで、案外、面白い獲物があるかも知れませんね。ウイリアムズバーグは、ボストンのように、古い町だそうなので、期待しては居ますが。
以上
2005年1月23日当地に大吹雪がありました。
日本の盤友たちから、メールをいただき、現況の報告を発信しましたので、転用します。
Pさん
ここ数日、日本のニュースで “アメリカ北東部で大雪”という報道がされてます。今もNHKのニュースでマサチューセッツ州にも非常事態宣言が出された・・・と報道してました。Pさん宅は大丈夫ですか?くれぐれもお気をつけください!
P です
お心づかいのメールありがとうございました。
どうやら記録破りのドカ雪だそうで、腰の高さまで積もりました。町の除雪作業も、思うに任せぬようで、ここ2日ほど、家に閉じ込められの状態ですが、実害はありません。他事ながら、ご安心を。
こちら、土曜の夕方から日曜終日、大型の吹雪き到来と言う予想で、土曜の午後、スーパーに、食料品の買いだめに行きましたら、これが、いままでにない超満員。レジに辿り着くまで、1時間、行列しました。私は、ゴハンとちょっとしたオカズと煎茶があれば、数日とじこめられても、なんの問題もありませんが、近所の連中は、やれパンだ、牛乳だ、お肉だ、野菜だ、コカ・コーラにワインにビール、スナックフードなどなど、山ほど買い込んだみたいです。
とにかく、土曜の夜から日曜の昼あたりまで吹雪風が東南から吹き続けたので、裏口(通用口)のドアが埋もれて開きません。NHKでもお聞きの通り、州知事が非常事態宣言とやらを出しています。と言っても要するに、警察、消防、保安、救急などの要員以外の、不急不要の者は外出禁止と言うことです。しかし、出てもよろしいといわれても、おいそれとは出られません。
ところが、洋の東西を問わず、必ずアホはいるもので、スキーやスノーボードを持ち出して滑りまわり、除雪車両にはねられそうになったヤツがあちこちの町にいたようです。吹雪きで視界ゼロに近い中を、ウロチョロする連中の気が知れませんね。荒れ狂う海岸を見物にでかける「西洋野次馬」もいて、警察のお世話になったりしているようです。
裏口から覗くと、ドライブウエイの車が、半分ほど埋まり、白いドームが二つ並んでいます。このままでは近付けそうにありません。それなら、ガレージに入れておけば、と言われそうですが、車庫は、レコード盤で満杯です。それに、入れておいても車庫の扉が埋もれていて、開けようがありませんね。枯れ木の森は、木の枝に雪がへばりついて、いちめん樹氷ならぬ樹雪で、見事です。
昨日は1日中吹雪状態で、粉雪が横流れに降り注ぎ、風も時速80キロ、まことに壮観でした。行ったことはないけれども、まるで南極越冬隊のような気分ですね。気温はマイナス16℃。海岸は高潮で、波もかなり荒れ狂っていたようです。海岸沿いの道路が冠水するなど、すべてローカルテレビ局の実況で見ていましたが、レポーターも、「私のキャリアーで、こんなスゴイ吹雪きは初めて!」などと、すっかり興奮ぎみで、滑って転んだりしていました。でも、まだウラ若い女性レポーターで、たいした経験者では無さそうなのが、おかしかったです。
先ほど、町の教育委員会から、月曜と火曜、学校は休みとの発表がありました。歩道の雪掻きが終わりそうにないためとのことですがが、生徒も先生も、ともに大喜びで快哉を叫んでいるらしいです。先生もニコニコ顔で喜んでいるなど、素直でいいですね。
今は、除雪ジープのオッサンの到来を待っていますが、近来にない書き入れどきらしく、大車輪の活躍で、なかなか順番がまわってきません。しばらくは、ジット我慢の子、おこもりさんを決め込みます。
ではまた。
当地そろそろ、秋の訪れです。
台風とハリケーンは親戚のようなものだと思いますが、日本とアメリカ東海岸に特有なのでしょうか。アメリカ西海岸、アフリカ、ヨーロッパ、インド、中近東などにはないのかどうか、どうも良く分かりません。暴風雨がアフリカの西海岸からスペインをかすめて、イギリスを直撃、などと言うな話は聞いた覚えがありませんね。
こちらもハリケーンが終わると、台風一過とおなじく、秋の訪れで、紅葉がチラホラと始まります。そして、9月のはじめから学校が新学期になります。ということで、今週あたりから、朝夕がめっきり涼しくなってきたような案配です。ここにはセミは居ませんが、早朝に聞こえる鳥の鳴き声が、今までとは異なってきました。
さきほど、友人達が明日(日曜)の魚釣りに誘ってくれましたが、何しろ、釣り人の出発は朝がはやいのと、私には船酔いの癖があるので、有り難くご辞退、そのかわり、獲物があったら、昼に我が家で魚の塩焼き、照り焼き、バーべキューをやることになっています。ビールと白ワインが私の担当で、先ほど、しこたま仕入れてきました。獲物がなかった場合には、途中の魚屋で、適当に買ってくるのだそうです。予報は快晴、楽しみです。
10連勝のレッドソックス、今日はテキサス・レインジャーズにやられてしまいました。7回の裏、それまで8対1と、7点リードされていた我が方は、満塁ホームランとソロホーマーで、一挙に5点を入れましたが、反撃もその後が続かず、8対6で負け、まことに残念でした。
大リーグに活躍の我が同胞、一郎、松井、高津は、それぞれ、イッチロ、ムッツーイ、タカッツゥーと呼ばれ、日本人とは思われておらず、ハワイかカリフォルニアの(日系)アメリカンと受取られているようです。これはセイジ・オザワが当地では日本人と思われていなかったのと似ていますね。なにもサムライ俳優ではあるまいし、ここでは野球選手も音楽指揮者も、日本人であることが何の意味も持たないのですから、「日本」と言う要素は無視されて当然だと思います。
この私も、過去26年にわたり、もちろんアメリカンだと思われています。このあいだ、私の母親が当地に遊びに来たとき、ご近所の連中が私に向かって、「お前のオフクロさんは、日本人だね」と言っていましたが、毋は、どういう意味なのか分からず、「当たり前のことを言う人だね」と不思議がっていました。また、このごろ気がついたことですが、当地の風潮として、人種や国籍にかんしては、できるだけ話題にしないように意識しているようです。日本の社会での「国際志向」とは逆の方向の感じがします。
これからしばらくは、快適な気候になると思いますので、レコード整理に力を入れ、なんとかスッキリと整頓したいと、張り切っています。今日は、SP盤を欲張って大量に持ち上げ、もう少しでギックリ腰をやるところでした。
今回は、Pさんがお友達(日本在住)に出した暑中見舞いを転載させていただきます。ウォール
暑中お見舞い申し上げます。
あわせて、ごぶさたお詫び致します。
インターネットで、日本の新聞を読むと、何やらドエライ暑気、と言うよりも熱気、が全国を襲っているようで、ご心労、ご苦労のほど、お察し致し、お見舞い申し上げます。
熱中症とやらに陥らぬようご自愛のうえ、レコードが高温にヤラれないよう「ご盤愛」のほどを。
当地も、気温だけは30℃をいくぶん超えていますが、幸いに湿度が低いことから、凌ぎやすい点では、快適です。セミはもともと住んでいないのか、静かなもので、時おり、遠方の道路を(おそらく)若者が、マフラーを短くした改造車で走る音が聞こえます。近くの海岸の砂浜は、結構な人出で、若い女の子たち(ならびに、シシブトリのおばさん連)で、お花畑のようですが、このあたりの海岸町の通弊として、かなり排他的で、町の住民以外は、10ドル近い駐車料金を払わされ、不評を買っています。町の当局は「ここの町民は住民税を払っている。ヨソものは払っていない。ビーチのメンテナンスは公費でまかなっている。」と言う論法です。
東向きと南向きに窓がある私の書斎部屋にはクーラーを一応取り付けてありますが、まだ使っていません。本業は既に引退して、気侭にレコードの整理などやっていますが、近ごろの楽しみとして、掻き集めたレコードの中から、特に好みの盤を拾い集めて、勝手にプログラムを組み、それをMD に落として、いわば自家製復刻盤を作っています。
MDに録音する盤のレーベルをカラーコピーして綴じ合わせ、あとで鑑賞するときの手引きにしようと言うわけです。とにかく、せっせと作っているうちに、作ること自体に夢中になって、出来上ったMD は聴かずに積んでおくだけと言うありさまですが、それでも、MD化の作業の段階で、聴いているわけですので、レーベルコピーの綴り本は、ひとつの鑑賞記録にもなるので、自己満足しているのです。
上の娘(と言ってももう40歳近いですが)が、孫娘(2歳半)を連れてブリュッセルから1ヵ月ほど里帰り中で、この近辺に住んでいる残りの孫3人が、それぞれの親と一緒に連日あそびにきて、我が家はまさに動物園状態、足の踏み場もありません。
地下室のレコード置き場をウロチョロされると困るので「あそこには、オバケのアパートがあるぞ」とオドカしてあります。私がレコード整理に地下に降りていくと、「ジジはお化け、だいじょうぶ?」と心配するそうです。
里帰り中のブリュッセルの娘の亭主は、同市郊外のNATO 本部に勤務中のアメリカ合衆国陸軍少佐で、通信部隊付き、軍事通信コンピュータの専門家ですので、バグダッド、カブールなどヤバい方面にたびたび出張しています。現地から、映像を送ってくれていますが、ばかデカい拳銃を脇につけ、攻撃ライフルを提げ持つ完全軍装姿なので、任務とは言え痛ましい感じがします。イラク人の方がもっと痛ましいではないか、と言われそうですが、アメリカ軍といえども将兵は義務を果たしているのであって、イラクに派遣されている自衛隊の隊員を、日本国民が非難できないのと同じ事ではないかと思います。
アメリカの町々でみられるような、イラクから帰還した兵士を、町中が旗を振って大歓迎する風景も、戦中/焼跡世代の私の目には「イカガ」なものかと映りますが、その反対に、任務についている将兵を「税金ドロボウ」、「ヒトゴロシ」と罵るのはまことにいただけません。日本ではどうか知りませんが、少なくとも当地で見る限り、多くの場合、このような罵詈雑言的なセリフを吐く連中には、危なくなればまっ先に逃げ出すような輩が多いように思われるのです。「五月(さつき)の空の鯉のぼり、口はデカいが、ハラワタはなし」ですね。もっとも、これは江戸っ子を評した戯れ歌らしいすが。それに、私自身は、オヤジの代からの江戸っ子なのですが。
カルロス・クライバーが亡くなったそうですが、私のデータベースを検索してみたら、コレクションには、下記の2枚だけでした。
Beethoven Symphony No.5, Op.67
C.Kleiber-Vienna PO 021644/021645/021663
dgg2530516 stereo
Beethoven Symphony No.4, op.92
C.Kleiber Vienna PO++3738
dgg2530706 stereo
一方、オヤジのエーリッヒの盤は下記の通り...歳が知れますね。
Beethoven Symphony No.9, Op.125 Choral
Gueden, Wagner, Dermota, Weber++
Der Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde, Vienna
E.Kleiber Vienna Phil. Orch++2120
ldn B19083 mono
Beethoven Coriolan Overture
E.Kleiber Berliner Philharmoniker++013075
nippon-telefunkenOV4 SP elec
Beethoven Symphony No.3 (Eroica)/No.6 (Pastoral)/++
No.7/No.9 (Choral) Gueden/Wagner/Dermota/Weber++
E.Kleiber Vienna PO, Concertgebouw++3198
telefunkenK8R-1b mono
Beethoven Symphony No.7, Op.92
E.Kleiber Concertgebouw Orch.++012052
deccaLXT2547 mono
Beethoven Symphony No.7, Op.92
E.Kleiber Concertgebouw Orch.++1960x,1961x,3597x
ldn LLP240 mono
Beethoven Symphony No.9, Op.125 Choral
Gueden/Wagner/Dermota/Weber++Singverein der Gesellschaft
E.Kleiber Vienna PO++013752
ldn LL632-3 mono
Beethoven Symphony No.6, op.68 Pastoral
E.Kleiber Concertgebouw Orch.++3816xxx
ldn LL916 mono
Beethoven Symphony No.7, Op.92
E.Kleiber-Concertgebouw Orch. 016261
ldn LL240 mono
Beethoven Symphony No.7, Op.92
E.Kleiber Concertgebouw Orch.++2117
ldn B19054 mono
Beethoven Symphony No.3, Op.55 Eroica
E.Kleiber Concertgebouw Orch.++2521
deccaLXT2546 mono
Beethoven Symphony No.7, Op.92
E.Kleiber Conmcertgebouw Orch.++013392
land LL240 mono
Mozart Eine Kleine Nachtmusik
E.Kleiber Berlin PO++00741
capitolP8038b mono
Mozart Le Nozzi di Figaro++Highlights
Siepi, Gueden, Danco, Della Casa, Corena, Rossel-Majdan,
Meyer-Welfing, Poell, Dickie, Proglhof, Felbermayer
E.Kleiber Vienna PO++2828
ldn 5439 mono
Mozart The Marriage of Figaro;++Se a caso madama
Siepi++Gueden
E.Kleiber Vienna PO++3197
ldn RFO-s-1x mono
Mozart Symphony No.40, K.550
E.Kleiber London PO++b461/b3300-57/016862(j)
ldn LPS89 mono
R.Strauss Der Rosenkavalier++Highlights
Rening/Jurinac/Weber/Dermota/Gueden/Rossel-Majdan/
Poell/Buchbauer/Fleck/Maier/Vajda
E.Kleiber Vienna State Opera Orch.++012642
ldn 5615 mono
Tchaikovsky Symphony No.6, Op.74 Pathetique
E.Kleiber Paris Conservatory Orch. ++013421
ldn LL920 mono
P:
当地ボストンに住み着いて以来、強く感じることのひとつに、(日本では尊敬の対象である)フランス(人)、ドイツ(人)に対する評価の低さがあります。日本では、フランス(人)と言えば、エスプリ、ファッション、洒脱、グルメなどと「善き」イメージがありますが、当地では、「不潔、異臭(体臭)」が先ずイメージとして浮かび、また、ドイツ(人)なら、日本では、堅固、剛健、規律と来ますが、当地では、チャッチョコばり、不粋、ユーモア欠除の代名詞のように感じられている...特にドイツ人は「イモ」という見立てで、日本人が一般的に好感する「ドイツ(人)らしさ」は、忌避されるようです。ダサいというのでしょうか。
盤友H:
それは面白い評価ですね。フランスで香水が発達したのはきつい体臭をごまかすためということを学校の授業で聞いたことがありますよ。ベルサイユ宮殿でもところかまわず用を足してしまうという・・・不潔だったんですね。
ドイツはポテトフライとビールというイメージはありますが・・・。そういえば、日本の少女漫画で冷戦時代の諜報活動を舞台とした青池保子の「エロイカより愛を込めて」という漫画で、ロシアの凄腕諜報員がドイツの諜報員に対して「イモ」呼ばわりするというシーンを思い浮かべました。
P:
聞いた話ですが、第2次大戦で、破竹のドイツ軍がパリを占領して間もなく、抜け目のないパリッ子が、「独仏ー仏独辞書」をナチ将兵に売り付けたそうですが、その第1ページ、「A」の項が始まるまえの冒頭に「Kartoffel = pomme de terre」と印刷してあったそうです。
ウォール注:両方ともポテトの意味。つまりジャガイモ好きのドイツ人を皮肉っている。
盤友H:
アメリカだとベルリン・フィルが来ても日本ほど高くないのですか。
だとしたら羨ましい話です。名の売れた指揮者やオーケストラが日本に来ると無茶苦茶高くなるしチケットは直ぐ売り切れてしまうので、なかなか聴けません。
P:
「日本は順位付けの国」と、結婚いらい13年間東京に暮らした家内(ボストン人間)が言っていますが、言い得て妙だと思います。一流なんとか、二流なんとか、銀メダルならハラキリもの、見たいな序列志向なところがあるようですね。それに、本場主義もありますね。ウインナワルツはウィーンフィル、軍艦マーチは帝国海軍軍楽隊の演奏に「トドメヲサス」ということになるわけです。
盤友H:
個人的に、BPOは素晴らしいと思いますが、アメリカのオーケストラが引けを取るとは思っておりませんが、日本では、BPO,VPO,Royal Concertgebowのような序列みたいなものがあるような気がします。アメリカのオケは1段低く見られているような。とくに根拠も無いのですが、変な話です。
P:
日本の音楽好きの間には、アメリカのオーケストラは、アメリカ人が楽員であると言う概念があるようですが、これは、N響はじめ、日本のオーケストラはほぼ100%日本人楽員であることからの、無意識な類推ではないか、と思われます。日本国においては、98%(?)が日本「人種」で、日本文化であるとのことですが、当国は日本人=日本人種=日本文化のような具合には参らず、アメリカ人=雑多人種=雑多文化であり、制度(憲法と連邦法、税金と軍隊。など)、システムが、どうやらアメリカとして統合されている程度で、州法はマチマチ、学校制度もマチマチ、オーケストラの楽員の人種も文化的背景もマチマチなわけです。NYフィルやボストン響などの楽員名簿をご覧になれば、イタリア、フランス、ユダヤ、ドイツ、東欧、ロシア、東洋の名前が満載ですね。
盤友H:
東欧の良質なオペラ・プロダクションは演目も面白く値段もお手ごろですが、こちらは空席が多いです。それに比べ、アメリカのメトロポリタン(こちらも日本に来ると8万円とかチケット無茶苦茶高くて結局聴きませんでしたが)や小澤氏がふるオペラは高くても即完売という・・・何ででしょうかね。
P:
やはり、一流もの、本場ものと思い込んでいるものへの憧憬と、それをガッチリ掴んでいるコマーシャリズムとの必然的な融合の結果ではないでしょうか。
盤友H:
結局、ヨーロッパ(ドイツ・オーストリア)のオーケストラ、音楽が素晴らしい(まあ、素晴らしい団体が存在していることに異論はありませんが)という結論が先にあり、それを際だたせる(?)存在としてアメリカのオーケストラが取り上げられやすい存在(?)として出てくるのでしょう。初めから、「アメリカのオーケストラは技術は凄いが音楽になってない」という結論ありきなんですね。日本の音楽評論はこういうトーンのものが多く、困ったものです。
余談ですが、「君が代」の最高演奏は、ジョージ=セル、クリーヴランド管弦楽団によるもの(1970年の来日公演リハーサル・テープが特典CD化されました)と私は思っています。
アメリカ東海岸、マサチューセッツ州の片隅の町、ニューイングランド・タウンの典型のような町、ここマーブルヘッドに移り住んでから、すでに四分の一世紀、今では「住めば都」、「人間至る所に青山あり」の心境になっています。ボストンの北約30キロメートル、3方向を海に囲まれた長方形の半島状のこの町は、成立以来約380年の歴史を誇るとのこと、と言うことは、(愛用の歴史年表を見ると)大坂夏の陣で家康が豊臣氏を倒した元和元年と、参勤交代が制定された寛永12年の中間の頃(1626年)に町として設立されたことになり、奇しくも江戸時代のはじまりと、ほぼ一致していることになります。ちなみに清教徒が例のメイフラワー号でプリマスに上陸したのが1620年のことだそうです。
この町、現在の人口約2万(日本国籍の日本人は私ひとり、日系の人が二人)。いままで39年連れ添った家内ジューディは生っ粋のボストンッ子です(それでも祖父母はドイツとロシアからの移民だそうで、彼らの言葉はドイツ語)。家内ジューディ、4人の子供、4人の孫ともすべて英語しかできないので、日本語は日常使わずに四半世紀過ごしました。家族のうちで私だけは(40歳まで日本で生活したので)英語は「外国語」であり、中途採用言語であることから、まさに悪戦苦闘の連続でしたが、どうやら移住後10年ほどで生活上問題なくなったものの、日本育ちで文字どおり「身についた」身ぶりはいまだに周囲に異様感を与えているようです。
存命ならば今年95歳の亡父が旧帝国陸軍の将校だったこともあって、終戦後も引き続き、我々子供達にもかなり軍隊式の「しつけ」を施してくれました。とくに、話をする時に目をそらすと「目を見ろ!」と一喝されて育ちました。そのためもあって、サラリーマンになってからも、同僚や上司から「お前は、人の目をジロジロ見ながら話すが、失礼だから気をつけろ」と言われたものです。おそらく、私が、悪い目つきで、相手の目に文字どおり「注目」して対話するのを、気味悪く思う人が多かったのでしょう。
ところが、幸いなことに、当地(アメリカ東海岸)では、原則として「注目して対話」が作法なので、好都合なのですが、最近、当地の黒人社会では、注目した後、目をそらしつつ対話するのが礼儀であると教えられました。民族の文化なるものは、一筋縄では行かないものですね。
さて、問題の身ぶりですが、まず「ノー」の時、顔の前で手をヒラヒラさせるのを、厳しくたしなめられました。「おまえ、口臭、体臭がニオウぞ」と言う意味のシグサだそうです。それから、主に日本の女性、男性も時々、立っている時に両手を前に重ねる所作も、当地では御法度で、これは、人前では手をやるべきでないない身体部分を、あえて覆い隠しているような姿に見えるのだそうです。また、照れ隠しに頭を掻くのも厳禁とのこと。これはなんとか克服しました。とにかく、手を身体のあちこちに、みだりに触れるのがヨロシクナイらしいです。
また、対話中に、いわゆる「間(あい)の手」を入れたり(イエース、イエースと言ったり)頭をコクコクと上下に振って「相槌」を打つのも、きわめて不快感を与えるらしく、いまだに親切な友人から「あれは止めろ」と忠告されています。
以上は、日本の社会では、全く問題にならない、あるいは「相槌」の場合のように、日本では、やらないのがむしろ失礼にあたることが、当地で「お行儀が悪い」ものとされるシグサの代表的なものを、長期にわたる苦い体験から並べてみました。このほか、「この私が...」と言う時に「人さし指で鼻の頭」を指すのは、滑稽感を与えるらしく、これは御愛嬌の部類のようです。「親指で胸」を指し示すのが当地の流儀のようです。
アメリカ東海岸、マサチューセッツ州の片隅の町、ニューイングランド・タウンの典型のような町、ここマーブルヘッドに移り住んでから、すでに四分の一世紀、今では「住めば都」、「人間至る所に青山あり」の心境になっています。ボストンの北約30キロメートル、3方向を海に囲まれた長方形の半島状のこの町は、成立以来約380年の歴史を誇るとのこと、と言うことは、(愛用の歴史年表を見ると)大坂夏の陣で家康が豊臣氏を倒した元和元年と、参勤交代が制定された寛永12年の中間の頃(1626年)に町として設立されたことになり、奇しくも江戸時代のはじまりと、ほぼ一致していることになります。ちなみに清教徒が例のメイフラワー号でプリマスに上陸したのが1620年のことだそうです。
この町、現在の人口約2万(日本国籍の日本人は私ひとり、日系の人が二人)。いままで39年連れ添った家内ジューディは生っ粋のボストンッ子です(それでも祖父母はドイツとロシアからの移民だそうで、彼らの言葉はドイツ語)。家内ジューディ、4人の子供、4人の孫ともすべて英語しかできないので、日本語は日常使わずに四半世紀過ごしました。家族のうちで私だけは(40歳まで日本で生活したので)英語は「外国語」であり、中途採用言語であることから、まさに悪戦苦闘の連続でしたが、どうやら移住後10年ほどで生活上問題なくなったものの、日本育ちで文字どおり「身についた」身ぶりはいまだに周囲に異様感を与えているようです。
存命ならば今年95歳の亡父が旧帝国陸軍の将校だったこともあって、終戦後も引き続き、我々子供達にもかなり軍隊式の「しつけ」を施してくれました。とくに、話をする時に目をそらすと「目を見ろ!」と一喝されて育ちました。そのためもあって、サラリーマンになってからも、同僚や上司から「お前は、人の目をジロジロ見ながら話すが、失礼だから気をつけろ」と言われたものです。おそらく、私が、悪い目つきで、相手の目に文字どおり「注目」して対話するのを、気味悪く思う人が多かったのでしょう。
ところが、幸いなことに、当地(アメリカ東海岸)では、原則として「注目して対話」が作法なので、好都合なのですが、最近、当地の黒人社会では、注目した後、目をそらしつつ対話するのが礼儀であると教えられました。民族の文化なるものは、一筋縄では行かないものですね。
さて、問題の身ぶりですが、まず「ノー」の時、顔の前で手をヒラヒラさせるのを、厳しくたしなめられました。「おまえ、口臭、体臭がニオウぞ」と言う意味のシグサだそうです。それから、主に日本の女性、男性も時々、立っている時に両手を前に重ねる所作も、当地では御法度で、これは、人前では手をやるべきでないない身体部分を、あえて覆い隠しているような姿に見えるのだそうです。また、照れ隠しに頭を掻くのも厳禁とのこと。これはなんとか克服しました。とにかく、手を身体のあちこちに、みだりに触れるのがヨロシクナイらしいです。
また、対話中に、いわゆる「間(あい)の手」を入れたり(イエース、イエースと言ったり)頭をコクコクと上下に振って「相槌」を打つのも、きわめて不快感を与えるらしく、いまだに親切な友人から「あれは止めろ」と忠告されています。
以上は、日本の社会では、全く問題にならない、あるいは「相槌」の場合のように、日本では、やらないのがむしろ失礼にあたることが、当地で「お行儀が悪い」ものとされるシグサの代表的なものを、長期にわたる苦い体験から並べてみました。このほか、「この私が...」と言う時に「人さし指で鼻の頭」を指すのは、滑稽感を与えるらしく、これは御愛嬌の部類のようです。「親指で胸」を指し示すのが当地の流儀のようです。